住環境の変化もあり、断捨離への考え方がちょっと変化。

シェアする

断捨離魔とは私のことです、ええ。

まぁ、過去の話ですけどもね!!

こんな記事も書いてた。→手放せないモノを見れば、その人の「恐れ」や「こだわり」が分かる

自分の断捨離論。がちょっと変化した

現在、ちょっくら考えが変わってきまして、

  • 新しいものに循環→古いものを持っていてもいいんじゃないか?
  • 今使わないものは持たない→今使わないものも、いつか使う時がくる(応用して使える)から取っておいてもいいのでは?
  • 必要な時に手に入らないものは自分にとって必要なかったと考えよう→希少価値が高いものなど、今買っておかないとなくなってしまうかもしれないものは、とりあえず手元に置いておいてもいいのでは?

というような感覚になってます。

なぜ、こうなってきたかというと

ヴィンテージ物の質の良いアクセサリーや小物、服などに興味を持ち始めたことが一つ。

もう一つの理由は、田舎の大きな家に引っ越したから、単純に収納スペースが増えて、管理できる物の絶対数が増えたためです。

マジど田舎なので、家は7DKで倉庫が二つあるんだよw

でも根本のところ、「自分の好きなものしか持たない!」というのは、変わってません。

新しいものに循環し続けたいけど、古いものも好きなんだよ

まぁ単純にですけど、新しいものを買うとウキウキするんですよw

コスメとか流行りものとか、そういう鮮度のあるものは相変わらず循環させていきたいって気持ちはあります。

一方で、古き良きものを大事に使うというのも素敵だなぁと思っていて。

古い時代に作られた経年したものしかり。

伝統的な製法で作られているものしかり。

擦り切れてしまったけど、お気に入りのものしかり。

もともと好きだったというのもあり、、、一周回って古物収集に落ち着いた、とも言えますw

ビンテージ物って、エネルギー的に敏感なのに大丈夫?って聞かれることもあるんですけど、デットストックなら問題ないし、大事に使っていた人のものだったり、明るい性格の人のものだったりすると、全然平気なのですよーw

え、今使わないものも、とっておけば使う時がくるでしょ?

っていう、常識的な考えに落ち着いたというかね…。

「今ここ」を意識しすぎて「今使わないものはいらないもの!」「必要なものは必要な時に手にはいる」的なやつ?

だってさ、いつ自分の趣味嗜好が変わるかなんて、「今」の自分にはわからないんですよ。

今は私はピアノがすんごい好きで楽しいけど、3ヶ月後はピアノをやめて今更本気でポケモンマスター目指してるかもしれないじゃないですか。

ピアノとポケモンは両立できるかもしれないけど、両立できないくらいポケモンにはまっちゃったら、今せっせと集めている楽譜はどうなるんだ?っていうね。

ガーデニング用品とかも。今はお花を育てる趣味はないけれど、興味が出てきた時にすぐ取りかかれるグッズが倉庫にあるっていうのは初心者にとってはアドバンテージですよ。

茎がまっすぐ伸びるように支える、支柱?というんだっけ?ああいうのも、幾つ必要になるかわからないし。また買い揃えるのもバカバカしい。

倉庫があるんだから、しかもその倉庫もスッカスカなんだから、とっておけばいいじゃない、って思うのです。

希少価値の高いものは、とりあえず買っとけ精神になった

上記の例だと、楽譜はそういうところあります。

いつ絶版になるかわからないし、お店で売り切れちゃうといつ入荷するかもわからない。

弾きたい時に弾けないなんて悲しすぎる!!(ちょっとくらい我慢しろや)

それは書籍も一緒。

よく流通している本ならいざ知らず、専門的な本って売り切れが多かったり、もう絶版で古本の取り合いになってたり…。。。

ならば、手にはいる時が手に入れるタイミングなのだ!!とばかりにポチります。

関係ないけど、この前ネットで買った古本にはハナクソが付いててショックだったわー。ワラワラ

「断捨離」「ミニマリスト」という考え方について思うこと

住宅環境が変わったことで、自分の「断捨離」へのあり方が変わったわけです。

そう…断捨離とかミニマリストが流行っている土壌って、東京のような都心部の狭い住宅で収納スペースが限られているからじゃないの?という意見は、以前から散見されていました。

断捨離もミニマリストも、自分にとって必要なものだけを残す生活ですよね。

必要なものだけで暮らすと快適だから。

単純にそれは、限られたスペースで「快適」さを求めたら、ものがない方が生活しやすいからなんですよね。

「狭さ」に限らず、選択肢の少なさは日々の「迷い」を減らすので、過ごしやすいです。快適です。

物が多い=視覚的な情報が多いと、意識してなくても脳みそがバックグラウンドで処理してるから、疲れたりパフォーマンスに差が出たりするらしい。

しかしまぁ面積が広ければ、ものが多くても少なく見えるし、収納自体が大きくなるし、あんまり気にならなかったりする。。

迷うのも、彩りがあるのもの、楽しいよね?

特に女子ならわかると思うんだけどさ。

「迷う」プロセスも実は楽しいんだよね。

おんなじような麦わら帽子があったって、ちょっとずつデザインが変わってて、今日の気分で選ぶんだよ!

明日何着て行こうかなーって、悩むのは面倒だけど、いつもパパッと決まるとファッションの楽しさって何ですかな?ってなりませんか?

ならない?ならいいのですがw

私は、いつも同じものだと単調すぎて飽きちゃうなぁ。

縮小傾向にある所得と経済を反映?

安かろう悪かろうの消費文化はもう終わりで、これからは特別な「付加価値」を求めて高級路線にシフトしていくのではないか?と妄想しております。

多少高くても、自分が納得してこれだと思えるものにだけお金を払う。

払うべき時だけに、一点集中で財布を開く。

そんな風になるんじゃないか…いや私がそうなってきているだけなんだけど。

確かに、「お金がない」「収納スペースがない」なら、ミニマリスト的精神を目指すのが幸せだろうと思います。

でも、そうではない人にとってまで、一様にそう言えるだろうか?

「狭い方がいい」とか「ものがない方がいい」って、ひとつの価値観であって、貧乏で狭い家にしか住めないから悔し紛れに言っていると言い切れる?w

高所得だろうが低所得だろうが、ものをいっぱい持ってた方が幸せだっていう人もいるんじゃないだろうか。

人それぞれな気がするし、私のように環境によっていとも簡単に行動が変わってしまう人もいる。

まとめ

まぁ、以前よりは物理的な買い物をよくするようにはなりましたけど、相変わらずいらないものは買わないので、無駄な買い物はしていないつもりだし、自分が気に入ったものの絶対量が増えているというのが現状ですw

スペースがあればあるほど、「自分が惚れてるもの」を所有しちゃうんだな…。

人間みんなそうなのかしらね?

欲というのは底なし沼だからねぇ。

東京にいた時は諦めていたような家具とかデバイスとか買っちゃったり…それがいいのかどうかはわかりませんけど。

「今必要」なものを求めた結果でもあるとも言えなくはない。

無計画なのは問題ですけど、芯の部分は一貫しているので、今の自分に合ったやり方にシフトしていくってのはありだと思います。

というわけで、ちょっくらこの路線でやっていきます。

スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク