ピアノレパートリー作戦メモ。何をもってして「OK」とするのかの基準も考えてみた。

早いものでもう11月。

果たして年末…つまりあと2ヶ月でレパートリーは15曲まで増やせるのだろうか!?

レパートリー作戦2017その3

というわけで中間報告と言いたいところですが、

あと2ヶ月なので中間というのも変だし、もう新しい曲に挑戦している場合でもないかなとも思うわけですよw

レパートリー作戦2017その1ピアノ中級者がレパートリーを増やす作戦を立ててみる

レパートリー作戦2017その2ピアノレパートリー作戦の中間報告と独学の壁。

この2ヶ月でどうなったのかの前に、言い訳しておく

前回の「中間報告」は8月31日なので…ほぼ2ヶ月前ですね。

何を書いたかすっかり忘れているので、読み返してきました。

ピアノレパートリー作戦の中間報告と独学の壁。

あー、そうだったよ!

手持ち7曲に、残すところは8曲というところで、4曲仕上げる!とか言ってたんだ。

そうそう。

あとちょっとで仕上がる曲が4つあったんだけど、9月は諸事情により家を空けており、ほとんど弾けなかったんですよ。

ワタクシ不幸にも器用貧乏で『カメとウサギ』の「ウサギ」的なところがあるので、あとちょっと!というところでやる気がなくなるパターンが多いんです。

弱点として自覚しているので、年の功を使ってあの手この手でモチベーション維持をしつつ練習に向かっていたのですが、物理的に練習できないとなると御察しの通りです。

ちなみに、普段はほぼ毎日ピアノに向かいますが、練習時間は30分〜3時間とまちまちです。

基礎練だけしかやらない時もあるし、弾ける曲を一曲ずつ通して弾いていくだけの時もあるし、チェルニーだけ延々弾いて終わる時もありますw

家でピアノに触れる環境にあるなら、たとえ5分だけでも弾くようにしてますが、さすがにそれは練習したとはカウントしませんww

で、実際に仕上がった曲と途中の曲

帰ってきてから、ピアノを弾くという習慣を取り戻すことから始めました。

あれから2ヶ月で仕上げた曲は、練習中だったものは『トルコ行進曲』と『雨だれのプレリュード』ですが、『悲愴2』と『ワルツ69-2』まではモチベーションが保たず。。

とりあえず弾きたいものを弾こうということで、『インベンション』から1番と4番、モーツァルトの『ピアノソナタK545』を取り出して先に仕上げてしまいました。

なぜか、脳みそがうまく働かなくて、バロックと古典以外弾くのがしんどくなってしまった時期がww

そのまま鬱気分をひきずってたのをいいことに、『ジムノペディ』の2番と3番も仕上げちゃいました。(ジムノペディは鬱気分で弾いた方がいい気がする)

1番は発表会のために弾き込んだ経験があるので、2、3も感覚がつかみやすかったです。

というわけで、7曲仕上がりまして、年末までにあと1曲となったわけですw

若干ずるいかな?と思ったけど、そもそも「レパートリー作戦」についてこんな記事も書いてたからアリなのです。

ピアノ中級者がレパートリーを増やす作戦を立ててみる

今後の目標

なので、12月末までに『悲愴2』と『ワルツ69-2』、新たに加わった『インベンション』8番は仕上げるという目標でいきます。

あとちょい、って感じなので要集中でやらないとダラダラしてきそう。

あとなんか譜読み始めてたのに忘れた曲があったら追記します。

全く毛色の違うものを弾きたい衝動があるのだけどね。。。

続いて、タイトルを回収したい件です。

独学で「仕上がった」の基準を考える

「仕上げました」「仕上がった」と言うわけですが…「何をもってしてOKとするのか」問題があるのです。

この疑問は実はいつも私につきまとっていて、完璧主義なところも相まって「まだまだ!」てなるんですけど、だけど市井のアマチュアとしてはそこまでできねーよ!て突っ込む「生身の自分」もいたりするわけで。

先生ならどうする?

で、、、私が迷った時どういう判断をしているかというと、やっぱり過去の「ピアノの先生たち」ならどう見るかな?というところなのです。

「自分がいいと思ったらいいのだ!」というゴーイングマイウェイも楽しむためには必要だし、「自分が納得できるまでいくらでも時間をかけたらいい」という真摯な姿勢も成長のためには大事。

しかし、それだと自分の中で葛藤が起きすぎて正直「ツライ」w

なので、私は過去の先生たちに相談することにしたのです。

独りよがりな基準を持つと続かないかも

私がどの程度弾けたら「マル」をくれたっけ?というところです。

実は、自分ではOKだと思っているのに「マル」がもらえないということはかつて一度もありませんでした。

それどころか、自分ではまだまだだと思っているのに「OK」が出ることが多かったのです。

あれ?これでいいの?みたいな。

なので、独学でやるなら、アマチュアとして、趣味として楽しむなら、自分の感覚で「仕上がり」を求めるとすぐ折れちゃうだろうと思いました

ちょっと自分に甘くなろうという魂胆があるわけではなくて、客観的な視点を持ちたいのです。

客観的な視点を持つ必要性

このくらいできたらOK!という「先生的な」基準。

これも感覚になってしまうのですけどね…12年間のレッスンで感じ取ったものですw

客観的な視点で、どういうところでOKをもらっていたか。

実際にはどんな基準でOK出してるかなんてわからないので、想像の域は超えないんですけどね。

そんな考え方を持ちつつ、「客観的に」聴きながら演奏する姿勢にもなって良いのではないかと思っております。

その上で、レッスンを受けたい

ただ…。

一つ一つの曲でもちろん違いはあるはずですが、自分一人でできるところまでなので、レッスンを受けていた時よりも「盲点」な部分は絶対にあるはずなので(初歩的な読譜間違いとか。。。)、本当の本当の「仕上げ」にはやはり「客観的」な視点でレッスンを受けるのが一番なんだと思います。

というわけで、時間のある時、自分で仕上がったー!と思う曲たちにレッスンをつけてもらう予定です。

というわけで、基準を作ってみた

それまでの「基準」として、暗譜をして間違えずに音を出せること(フレージング、アーティキュレーション含む)は基本としてやっておきたい。

で、一音一音、自信を持って弾けること。

どこかで弾きずらさを感じているとき、練習不足のとき、自信なく弾いている時って「頼りなく」「弱々しく」聞こえるのですよね。

よく家族が他人の演奏を聴く時、「安心して聴ける、聴けない」という言葉を使うんですけど、一つ一つの音を自信を持って弾いていると安心して聴けるんです。

プロの演奏は、小さな小さなピアニッシモもしっかりと聴こえ、自信に溢れています。

プロと比べる必要はないけれど、どこか自信なさげに弾いている人はなんだか「安心できない」んですよね。

その辺りも基準にしてみました。

全ての音を自信を持って出せているかどうか。
全てのフレージング、アーティキュレーションなどを自信を持って表現できているかどうか。
暗譜できているかどうか。

こんな感じですかなー。

この辺りしっかりできてないと、OKもらえなかった気がするのですよ。

で、自分では「表現し忘れた!」っていうアーティキュレーションがありながらOKもらえた時は、見逃してくれたのか自然にできていたのか、わかりませんww

まぁ、趣味なのに「なんとなく」で「弾けた」と言えるほど無邪気じゃない自分がもどかしいですが…。

私は、しっかり弾けることが「楽しい」に含まれているのだから仕方ない。

というわけで、残り2ヶ月も楽しんでピアノライフを送っていきましょうー!

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