断捨離を経て、自己肯定感の低さを補うための買い物依存だったことに気づいた話

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なんで必要ないのに買ってしまうのか?

捨てたはいいけど、捨てて後悔してしまうのはなんでなのか?

基本的なことなんですけど、その原因と向き合ってみたときのことを書いておきます。

 

断捨離とか片付けとかしながら自分を省みる

主に、私がたくさん買ってしまう、そして片付けに取り組みたがるのは、洋服や服飾小物、コスメなどの類でした。

自分をいくばくかマシに見せてくれるもの、少しでも美しく演出するものなど、他人への印象付けに関わるものですね。

本などもだいぶ減らしましたが、ピアノ関連のもの以外はほぼ電子で購入しています。

 

必要数を残して、また買って、一つ増えたら最低一つ減らして、など、片付けを実践している人にはそれぞれ自分で決めたルールがあると思います。

 

 

ただ捨てるだけという、大きな罠

で、当たり前の話かもしれませんが、

ただ捨てるだけじゃなくて、なぜ不要なのに買ってしまうのかを分析しないと、断捨離しても意味がないことに気がつきました。

そりゃあそうだと言われそうですけどw

(視覚による疲れが減るとか、選択疲れが減るとか、そういった方面のいいこともあるけど)

 

捨ててスッキリするだけだと、ベクトルが違うだけで買って満足するのと同じですよね。

なんで買ったんだろう?捨てることを選んだんだろう?そしてまた買いすぎてしまったんだろう?って自分の内面にフォーカスしてみるという、内省が大事

それをしないと、捨てて後悔してしまった!という事態になってしまうし、リバウンドしてしまう。

言い方は乱暴ですが、捨ててスッキリするのが目的だと、捨てるものはなんでも良かった。などという無差別なんちゃらみたいなものになってしまう。

ただドーパミンとかアドレナリンとかの分泌を促すだけの行動というか…これ癖になるやつw

 

自分の中にある、不足感とか

人がなぜ断捨離と銘打って片付けに取り組むのかといえば、ざっくりいえば「現状より幸せになりたい」からなわけで…

そうでなければ自然にポイポイ捨てて、行動に特別に名前なんてつけないし、歯を磨いたりお風呂に入ったりするみたいに、日常のことなんですよね。

あえて、断腸の思いを経て、あるいは、儀式のようにしてまで「捨てる!」宣言してみるのは、やっぱり何かを変えたいという意志の表れなのだと思うのです。

 

そういう目で見てみると、私が買い物をしたいときと、捨てたいときに共通していたのは、「何かを変えたいとき」でした。

つまり、今の自分に満足できていないとき。なんかもやもやするときです。

 

以前、マーケティングの本で読んだのですが、女性が買い物をするとき、これを買えば「本当の自分になれる!」という意識が働くそうです。

この本です。↓

 

女性はそもそもが「買い物しやすい」性質があるといってもいいのかもしれませんけど、どこか今の自分が「本当の自分」ではないと思っているところがあるんですね。

自分は当てはまらないよーって決めつけるのもあれなので、自分を見つめ直してみて、あぶり出したことを書いておきます。

 

 

自己肯定感の低さを、モノで補っていた

やっぱり行き着くところは、自己肯定感の低さでした。

自分が感じる生きづらさでいつもつまづくのは、この辺りのメンタルなんですよね。

ありのままの自分が受け入れられるはずがない。

キレイにしていないとないがしろにされる不安。

外に出るときは「普通の人」として、「偽装」「武装」しないと変に思われる。

などなど…

 

私の場合、今も若干その傾向はありますが、強迫観念がとても強い時期がありました。

出がけに完璧(と自分が思えるレベルの)装いやヘアメイクができないと、出かけられなくなることがあったんですけど

そういった不安を解消するために、たくさんの服飾品を買ってしまう傾向があったのです。

 

自分のセンスと見えているもの、自分の主観を信用できていないので、

身近な女性に「変なところない?」って聞いて、大丈夫だよーって言ってもらうと安心して出かけられていたことからも、自信のなさがわかります。

男性に言ってもらってもダメなんですよw

(過去、女性に陰口を言われたり、いじめられたことがあるのが原因だろうか?)

買い物をすることで、対人恐怖を紛らわしていたと言ってもいいのかもしれません。

そして買い物をしたからといってそれらが解決するわけでもないので、またこれじゃダメなんだ、捨てなきゃ、新しいものを買わなきゃ、というループにハマる感じです。

 

結局のところ、

どんな服を着ていても自分の内面も価値も変わらないということに気づいたんです。

よく聞く言葉だし、普通の人は当たり前のように知ってることだけど…ちゃんと自分の中に落とし込まれたのは、30代になってからだったかもしれない。

 

たとえば、自分が善と思った振る舞いをして、ダメなときはごめんなさいすればいいんですよね。

ひどいことをされたり言われても、一様に自分を責めすぎないこと

自分の価値が問題なのではなく、誤解や相手の主観や感じ方の問題であることも多いので、気にしすぎないようすること

それらを意識することの方が、服を買うより何よりも有効でした。

 

 

精神安定剤としての、買い物

ただ、メンタル面は抜きにしても、私は洋服もコスメも好きだし、モノを全く買わないということはしません。

消費する文化に馴染んで生きてきてしまって、仕方ない部分もあります。

頻繁ではないけれど、消耗品として新しいものに入れ替えていきます。単純に新しいものは気分がよくなります。

 

ある程度歳をとってきて、やりたいことや憧れていたことを自分の力で叶えてきて、以前より何か欲しいとか、どこか行きたいとか思うこともなくなってきてしまいました。

だけど、ある程度は積極的にアンテナを張って、新しいことに興味を持たないとなのかなーと思ってます。

私の場合、あれ欲しい、これしたい、がなくなると生きる活力もなくなってしまうのでw

 

 

今でも季節の変わり目になると、異常に服の心配、不安がもやもや出てくるんですけど

(雨の日どうしようとか、薄手のコートがないと不安とか。なければないでどうにかなるんですけどねw)

お金が足りなくなるという事態にならなければ、精神安定剤みたいなもんだと思って買い物することにしてます。

 

衝動買いも無駄買いも、大体の原因が見えてるので、「あ、今メンタルやばいかなー」って振り返るきっかけぐらいに思ってます。

買いすぎたなと思っても、放っておくと自分を責めがちなので、反省ぐらいにとどめておきます。

不安なんだなー、大丈夫だよー、って見守る感じ。

 

あと、買いすぎ防止に意外に効くのが、シンプルですが何にいくら使ったかをノートに書くことでした。

月の合計を出すと、数の暴力におののけるのでオススメ!

家計簿をエクセルでつけてるので、いくら使ったのかは把握してるのだけど、改めて書くことで、我に返ります。

持っているものと同じようなもの欲しくなってて、アホかーって思うんですよw

過去失敗した買い物と、同じようなものを買って失敗したり。

 

今のところこんな感じです

自分の弱いところと、どうしたら心地よくいられるのか、を両立した結果が今の所こんな感じですが

またその時のベストな方法を思い付いたら変えるかもです。

 

所有物の適正量って、物理的な問題…住宅事情でも変わってくるし、

個人個人で把握・管理できる量も違うし、

多分、脳みそのキャパも関わってて、生活環境やライフステージでもそれは変化しているはず。

なので、一度決めたからこう!って頑なに守り続けるとムリが出てきちゃうかなと思ってます。